急性期理学療法士が大学院に行って変わったこと、変わらなかったこと
理学療法士6年目の夏頃。上司に抄録を見せた帰り道、私はほとんど書き直された紙を手に、駐車場で少し立ち尽くしました。
自分としては結構力を入れて書いたはずだったのに、これほどまで直されるとは。
特に、臨床疑問や思考が浅いと言われた時は少なからずショックでした。
上司の言葉に押しつぶされそうになりながら、ふと立ち止まって考えました。
上司は私のことを思って言ってくれている。このままでいいのだろうか。前に進む必要がある。
そう思ったことが、大学院に行こうと思ったきっかけです。
この記事では、理学療法士6年目に大学院に行くかどうか迷った葛藤と、大学院に働きながら通ったことで変わったこと、変わらなかったことについて私の経験をお話しします。少しでも参考になる方がいれば幸いです。
大学院の進学を考えたきっかけ3選
1:臨床疑問を解決できなかった
自身の経験や教科書に載っている内容では臨床に限界を感じ始めたのが理学療法士になって6年目頃のことでした。
文献を調べても書いてあることは様々で何がいいのかよくわからなかった。
そもそも文献の読み方がわからず、ただ考察にそれっぽいことが書いてあることを鵜呑みにしていました。
このままでいいのかと感じたのがこのぐらいの時期でした。
2:文章が書けないことに気づく
文章を書くのが難しいと聞いたことはありますが、日本人だったら書けるでしょと思っていました。
仕事柄、日々患者さんの情報をカルテで記載しているため、文章は書けると思っていた。
学会発表をする際に抄録を作成した時に気づいたことがあります。自分の考えを言葉にできない。なんだか浅い感じがする。そして、自分の文章が相手に伝わっていない。
上司に自身が書いた抄録を見せたところ、構成や言葉の選択を含めて、ほとんど全て直されました。
普段からカルテを記載していたこともあり「書けている気」になっていました。論理的に文章を書くという技術は自分にないことに気づきました。
3:このままでいいのかという将来への不安
職場内には大学院に通っている先輩もいれば、通っていない先輩もいました。
職場で働くことだけを考えれば、大学院に通っても差は大きくないと感じました。
一方、臨床疑問は日に日に多くなる中で、このままで良いのだろうかと悩む日々が続きました。また、将来体力が落ちてきても同じように働けるのか。この不安は常にありました。
このままでは良くない、何か行動をしなくてはと焦る自分がいました。
大学院に行くか迷った理由
1:先輩に大学院は意味がないと言われた
先輩からは大学院に行っても給料は上がらない、臨床力が上がるわけではない。この2つを言われました。
2年間で総額200万円。給与は上がらない。それでも行く価値はあるのか。正直、かなり迷いました。
学ぶ内容は研究が主であることから、臨床には繋がりづらいと考えていたからだと思います。大学院に行こうと思ったきっかけが臨床疑問を解決できるようになりたいであったため、目的とすることが達成できないのであれば行っても、と思いました。
大学院に通うと決意した1つの理由
通うと決断した理由は、大学院に通うことに対して、消極的な発言をしていた人は、大学院に通ったことがない人だったからです。
大学院に行っている先輩は、何かしら学ぶことはあると私の背中を押してくれました。私は、実際に経験をした人の意見を踏まえて行こうと決意しました。
周りに大学院に行った先輩がいない人もいるかもしれませんが、自分がやりたいと思う気持ちは非常に大事です。周りの意見もあるとは思いますが、前向きに考えられるといいですね。
働きながら通う現実
社会人が働きながら学ぶ上で、多くの人が持つ悩みとして時間が限られており、体力・メンタルが持たないことが挙げられます。
私の実例としては、19時から授業がある場合は、18時頃には職場を出る必要がありました。日によっては仕事が終えられない日もあり、授業終わりに職場に戻ることもありました。
論文を書いている時期については自分の時間はほとんどなく、仕事か論文かという時間が続き、大変だったと記憶しています。
幸い、私の上司は自身も大学院を経験していたため、相談した際は背中を押してもらえました。ただ、上司の状況は職場によって全く異なります。事前に相談のタイミングを選ぶこと、早期に動くことが重要だと感じました。
働きながら学ぶ上で、体力面とメンタル面は非常に大事だと私は感じました。特に、家族がいる方については、大学院に通うのを躊躇う方も多いのではないかと思います。
私なりの時間の使い方について紹介
当時の状況からお話をします。20代後半、独身、一人暮らしでした。
大学院は1年目に授業が多く、週2回程度でした。時間は19時から21時ぐらいでした。先述したように大学院を終えてから職場に戻ることもありました。毎回ではなく、月に1度から2度程度でした。
2年目は研究のためのデータ取得と論文作成でした。研究データは臨床業務をこなしながら取得していたため、忙しくなりました。その際には、同僚にデータ取得を手伝ってもらいながら行えたことで負担は軽減しました。
当然、自分のためだけの研究では手伝うメリットは少ないです。私は、日々の臨床疑問を解決するための研究を行いたいと思っていたため、研究の目的や疑問などは職場の同僚に共有し、意見ももらいながら行えたことで、快く手伝ってもらえました。
論文作成は初めてのことであったため、非常に大変だったと記憶しています。徹夜して行うことはありませんでしたが、2年目の12月前後は指導教員とのやりとりを連日していたと記憶しています。
現在は、オンラインで行えるようになっていることもあり、負担も軽減できるのではないかと思います。
実際に大学院に行って変わったこと
臨床の見方が変わったこと
大学院で研究方法や文献の読み方などに触れている中で、臨床の見方が変わりました。今までは何気なく行っていた臨床での手技や考え方について、当たり前のように思っていました。
しかし、大学院に通い学ぶ中で、先人の知恵が今に生きていることを実感しました。臨床で確立されている方法について何気なくやっていましたが、それも先人たちの研究があってこそ、一般化されて全体に浸透しているという事実に気づけました。
また、仮説から検証する思考過程は大学院に通う中で培われたと思います。特に、目的と効果判定についてはしっかり考えるようになりました。自分が介入をして何が良くなったのか。自然治癒はあったのか。介入の限界はどこまでなのか。
私の研究テーマは「入院中の活動量」でした。毎日当たり前のように患者さんのリハビリをしていましたが、病棟での活動量をデータとして見るようになって初めて、自分が見えていなかったものに気づくことができました。
後輩や患者さんへの伝え方が変わった
論文を書く上では客観性が大事であると教わりました。自身の感覚ではなく、どの根拠から物事を述べているのかを意識する練習は何度も行いました。
この経験が後輩や患者さんへ伝える際に、根拠をしっかりと示した上で、わかりやすく伝えるようになったきっかけにもなりました。今までは自身の感覚による伝え方しかできていなかったことが、客観的根拠や相手の意見を踏まえ、論理的に説明することができるようになりました。
大学院に行って変わらなかったこと
大学院に通い始めると、周囲からよく言われるのが「研究者みたいになるんじゃないか」という心配です。正直、自分でも不安でした。数字を追いかけるうちに、患者さんを見なくなってしまうのではないかと。でも、大学院に通ってみて分かったのは、それは杞憂だったということです。
研究は臨床を捨てるためのものではなく、臨床をより深く見るための道具でした。私は2年間通っても、患者さんのことを考える姿勢は何も変わりませんでした。むしろ、なぜこの患者さんは回復が遅いのかを、以前より丁寧に考えるようになった気がします。
働きながら大学院を考えている人へ
大学院に向いている人は、臨床疑問を持ち続けている人です。「なぜこの患者さんは良くならないのか」と考え続けられる人は、研究という手段は武器になります。
一方、大学院は多くの時間を取られることから、隙間時間を活用する工夫が苦手な人は注意が必要です。大学院の2年間は、ゼロから時間を作り出す必要があります。まとまった自由時間がある前提で考えていると現実とのギャップに苦しんでしまうことがあります。
しかし、私の実例などを参考にしてもらうことで、少しでもやってみたいという気持ちがあるのであればチャレンジしてみる価値は十分にあると思います。プライベートや職場の理解など、越えるべきハードルは多いと思いますが、実際に通っている人の話を聞くことで、少しでも前向きに検討することから始めてみるといいのではないかと思います。
まとめ
2年間、200万円を使って、給与は1円も上がりませんでした。それでも行ってよかったと思える理由が一つあるとすれば、同じ患者さんを診ても、以前より多くの視点から考えるようになったことです。これはお金では買えないと今は感じています。
