臨床研究は業務時間外でやるもの――それでもやる理由を、17年目のPTが正直に書く
- 臨床研究の現実――業務時間内にできている人はほぼいない
- 2年目の初発表から大学院まで、研究に関わり続けた17年間の経緯
- 割に合わないと感じながら続けてこられた理由と、得られたもの
臨床研究は、業務時間内にできている人はほとんどいない。
これはXで実際に聞いてみた話です。どうやって研究を進めているか聞いたところ、返ってきたのはほぼ同じ答えでした。「時間外にやっています」「勤務後にデータ整理」「休日に論文書いています」——そういう声ばかりでした。
それを聞くと「じゃあやらなくていいじゃないか」という気持ちになるのは、正直わかります。私もそう思ったことがあります。でも、17年間研究に関わり続けてきた今、少し違う見方ができるようになりました。
この記事では、臨床研究の現実と、それでも続けてきた理由を正直に書きます。
私が研究を始めたきっかけ
最初に学会発表したのは、経験2年目のことでした。
脳卒中チームに所属していた頃、一緒に患者さんを見ていた先輩から「この症例、珍しいから一緒に発表してみないか」と声をかけてもらいました。何もわからないまま「わかりました」と答えました。先輩がやるということで、断る理由もなかったし、正直なんとかなると思っていました。
なんとかなりませんでした。
症例をまとめようとしたとき、自分がいかに「感覚」で動いていたかを突きつけられました。なぜその評価をしたのか、なぜそのアプローチを選んだのか、論理的に説明できない。わかっているつもりのことが、言葉にしようとすると崩れていく。その経験は、今でも鮮明に覚えています。

先輩に誘われたとき、正直よくわからずOKしました。始めてから、自分がいかに「感覚」で動いていたかを初めて知ることになりました。
初発表で痛感したこと
先輩にほとんど引っ張ってもらいながら、なんとか発表を終えました。
ただ、終わったあとに残ったのは「もっとできたはず」という感覚でした。発表して終わりではなく、発表したことで次の課題が見えた。こんなことも調べられていなかった、この視点が抜けていた——そういうことが初めて見えてきました。
充実感と、悔しさと、次へのエネルギーが同時にありました。この感覚は、臨床だけをやっていては得られなかったものだったと思います。
そこから、「毎年1回は発表する」という目標を自分に課しました。義務ではなく、自分で決めたルールです。症例検討を中心に、年に1本というペースで続けていきました。
症例検討を積み重ねて、行き詰まった
症例検討を続けていくと、あるところで壁に当たります。
論文を読んでいて、研究の方法論がよくわからない。統計の意味がわからない。他の人の研究を批判的に読もうとすると、そもそもの知識が足りない。発表を重ねるほど、自分の限界が見えてきました。
そこで大学院に行くことを決めました。経緯については大学院に行くべきか迷った話に詳しく書いていますが、「もっとちゃんとやりたい」という気持ちが動機でした。
大学院での研究――業務と研究を奔走した日々
大学院では、臨床に則した研究をしたいと思っていました。
理由は、職場の上司の言葉があったからです。「研究のための研究になってはいけない。いかに臨床に落とし込むかを考えながらやりなさい」と言われました。その言葉が、研究の軸になりました。
症例検討と比べて、大学院の研究はまったく別物でした。データを取ること、解析すること、論文にまとめること——すべてが業務時間外でした。
臨床が終わってからデータ整理、休日に解析、夜に論文を書く。業務と研究を行き来しながら、正直「割に合わないな」と思う時期もありました。これだけやって給与が上がるわけでも、職場から評価されるわけでもない。自己研鑽と言い聞かせながら、それでも腑に落ちない日もありました。
そんな中で大きかったのは、一緒に大学院に通っている仲間の存在でした。同じ状況で同じ気持ちを抱えている人がいる。その事実だけで、続けられた部分は大きかったです。

「割に合わない」と思いながら続けていました。それでも続けられたのは、仲間の存在と、得られるものを少しずつ実感していたからだと思います。
📖 合わせて読まれています
それでも続けてこられた理由
振り返ると、続けてこられた一番の理由は「得られるものを実感していたから」だと思います。
たとえば、他施設との人脈。学会や研究を通じて、自分の職場以外のPTと繋がる機会が生まれました。違う環境でどう考えているかを知ることは、臨床の視野を広げてくれました。
もう一つは、論理的に考える力です。感覚でやっていたことを言語化し、なぜそうなのかを考え続けることで、臨床の判断が変わっていきました。後輩への説明、他職種との連携、カンファレンスでの発言——そういう場面で、研究で鍛えた思考が活きていると感じます。
そして、選択肢が広がること。認定資格の取得、大学院進学、指導者としての関わり——研究の積み重ねがあったから踏み出せた選択が、いくつかあります。当時は見えていませんでしたが、今になって点と点がつながってきた感覚があります。
報われない中で、どうやっていくか
臨床研究は、すぐには報われません。給与に反映されないことが多い。職場に評価されるとも限らない。時間は自分で作り出すしかない。
それでもやっていくとしたら、私が思う現実的な方法は一つです。「自分のためにやる」という軸を持つことです。
患者さんのためになるという動機は本物だと思います。ただ、それだけでは長続きしないこともある。自分の思考が鍛えられる、将来の選択肢が広がる——そういう「自分に返ってくるもの」を実感できると、続けやすくなります。
仲間を作ることも大事でした。一人でやると消耗します。同じ状況にいる誰かがいるだけで、続けやすくなる。学会でも、大学院でも、一緒にやっている人の存在が自分を支えてくれました。
そして、最初の一歩は小さくていい。私の最初は、先輩に誘われた症例検討でした。完成度の低い発表でもよかった。始めることで初めて見えてくるものがあります。

始めることで初めて見えてくるものがある。最初は先輩のおんぶに抱っこでいい、と今なら思います。
まとめ
- 臨床研究は業務時間外でやるのが現実。でも「やらなくていい理由」にはならない
- 最初の発表は感覚を言語化する苦しさがあった。終わったあとに充実感と次の課題が見えた
- 症例検討の積み重ねが大学院へつながり、論文・データ解析・人脈へと広がった
- 「割に合わない」と感じる時期はある。続けられたのは得られるものを実感していたから
- 自分のためにやる・仲間を作る・最初は小さくていい——この3つが現実的な続け方
中堅PTになると、後輩に研究を勧める側になることもあります。そのとき「やれ」と言うより先に、自分がどんな経験をしてきたかを話せると、少し違う受け取られ方をするかもしれません。
