認定理学療法士(臨床教育)を取って変わったこと・変わらなかったこと
臨床実習中、ふと思ったことがありました。「教える側は、教えることをちゃんと学んでいるのか」と。
中学・高校の先生であれば、教育学部で教育理論を学び、教育実習を経て教壇に立ちます。一方で理学療法士は、養成校で理学療法の知識は学びますが、「どう教えるか」についてはほとんど学ばないまま、実習指導者や先輩という立場になります。
この疑問が出発点となり、私は臨床教育の認定理学療法士を取得しました。この記事では、取得の背景・過程と、取って「変わったこと」「変わらなかったこと」を正直に書きます。
実習生だった頃の、正直な気持ち
学校の勉強はそこそこできていた方だったと思います。ただ、いざ臨床実習に出てみると、自分が学んできたことが全く発揮できない。初めてのことだらけで、ヤキモキしていました。
そのときに感じていたのが、「自分のことをちゃんと見てもらえていない」という感覚です。実習がうまくいけば指導者の手柄、うまくいかなければ学生が悪い——そんな空気があったように思います。実習生という立場では言えなかったですが、「この人は、どう教えるかを学んできたのだろうか」という疑問がずっとありました。
この経験から、自分が指導する側になったときは、しっかりと相手を見て教えられる人間になりたいと思いました。
2年目の失敗――「やりすぎ」も違うと気づいた
就職してからも、教育への意識は人一倍持っていたつもりです。感覚や経験値だけで後輩に接している先輩を見て、「自分はそうならない」と思っていました。
ところが2年目、初めて後輩ができたとき、今度は逆の失敗をしました。雑務から臨床のことまで、細かく教えようとしすぎたのです。
問題は、自分自身もまだ2年目で、わかりきっていないことだらけだったことです。曖昧なことを曖昧なまま伝えようとして、相手をさらに混乱させてしまいました。空回りして、逆に困らせてしまった。
そのとき先輩から言われたのが、「無理に指導しなくていい。困ったら聞いてくるし、困ってそうなら声をかけるぐらいでいい」という言葉でした。距離感も教育のうちだと、そのとき初めて気づきました。
取得の経緯――講習会・レポート・筆記試験
臨床教育の認定理学療法士の取得方法は、時代によって変わっています。私が取得した当時は、講習会への参加、症例ごとの考察レポート(10枚程度)、そして筆記試験という流れでした。
特にレポートは、「どのように考え、どう対処したか」を症例ごとに言語化していくものでした。自分の教育観を文字にする作業は、思っていた以上に時間がかかりました。
なお、脊髄障害の認定理学療法士を取得した経験については別の記事に書いています。取得プロセスや感じ方は分野によってかなり異なります。
取って「変わらなかったこと」
正直に言うと、資格を取ったことで何か新しいことができるようになった、という実感はありませんでした。
臨床教育の分野は、他の専門分野に比べると、資格として軽く見られているふしがあります。「自分の経験で教えられる」と思っている人が多いからか、当時は講習会の開催数も少なかった。
現在は日本理学療法士協会主導で実習指導者講習会が必須となっています。ただ、知識として「わかった」と、実際の現場で「できる」は別の話。資格や講習会の義務化だけでは変わらない部分も多いと感じています。
取って「変わったこと」――資格より過程で得たもの
むしろ得たものは、取得までの過程、とくに講習会での気づきでした。
講習会の中で、今でも印象に残っている例えがあります。サッカーのポジションの話です。フォワード・ミッドフィルダー・ディフェンダー・キーパー、それぞれのポジションが違うように、指導される側の人も「今どのポジションにいるか」が違う。そこを見極めずに、ディフェンダーの人にフォワードの考え方を押しつけても意味がない、という話でした。
「相手が今どこにいるかを見る」という視点を持ってから、どこまで伝えるか、伝わっているか、わからないことはないか——そういったことを、以前より冷静に考えられるようになりました。
また、大学院で研究や教育を学んだこととも重なる部分がありました。「知識を持つこと」と「伝えること」は別のスキルだという感覚は、この頃から強くなりました。
学生・後輩だけじゃなく、患者さんにも通じる
勉強してみてわかったのは、臨床教育で学ぶことは、学生や後輩への指導だけではなく、患者さんとの関わりにもそのまま通じるということです。
患者さんも、立場上、理学療法士に反論しづらい場面があります。「本当に伝わっているか」「相手は今何に悩んでいるか」を自分が立場を変えて考えられるようになると、臨床そのものが変わってくると感じています。
あまり人気のある資格ではないかもしれません。ただ、勉強して損はしない分野だと思っています。
それでも、取ってよかったと思う理由
資格を取ったことで、臨床教育についてより深く考えるようになりました。そして、まだまだ勉強が必要だと感じているのも、取得したからこそだと思います。
自分自身が実習で「見てもらえていない」と感じた経験、2年目に空回りして後輩を困らせた経験。そういった経験が積み重なって、臨床教育は奥深いと思い続けてきました。資格はその入口でしかありませんでしたが、入口を通ったことで見えてきたものはあります。
主任として後輩を育てる立場になった今も、この感覚は変わっていません。
「このままでいいのか」と思いながらキャリアを歩んでいる30〜40代のPTに、少しでも届けばと思います。
